SaaS事業の収益認識|サブスク売上をいつ計上するかの判定実務

SaaS事業の収益認識

SaaS事業の売上計上は、物を売って引き渡した時点で売上が立つ従来型のビジネスとは考え方が異なります。契約期間にわたってサービスを提供し続ける以上、代金を受け取った時点ではまだ売上ではなく、時間の経過に応じて収益を認識していくのが原則です。

年間契約で12か月分をまとめて入金してもらったとき、その全額を入金月の売上にしてよいのか。初期設定費用は別建てで一括計上できるのか。無料トライアルから有料転換した顧客の売上はいつから立つのか。本記事では、こうしたSaaS特有の論点を、収益認識の判定手順に沿って整理します。

目次

収益認識基準がSaaS事業に関係する場面

まず、自社がどのルールで売上を計上すべきかを確認しておきましょう。

会計基準の適用対象

「収益認識に関する会計基準」は、2021年4月1日以後に開始する事業年度から、上場会社および会社法上の大会社などに強制適用されています。

企業区分収益認識基準の適用
上場会社・会社法上の大会社強制適用
会計監査人を任意設置する会社強制適用
上記以外の中小企業任意適用。中小企業会計指針・会計要領によることも可

中小SaaS事業者の多くは、会計上は強制適用の対象ではありません。ただし、上場を目指す企業や、大企業をおもな取引先とする企業は、早い段階から新基準に沿った処理を整えておくほうが後の負担が軽くなります。

税務上は全法人に影響する

会計基準が任意適用であっても、税務は別です。2018年度の税制改正で法人税法に収益の計上時期に関する規定が整備され、資産の引渡しの時またはサービスの提供の日の属する事業年度の益金とすることが明確化されました。

つまり、会計基準を採用していない中小企業であっても、まだ提供していない期間のサービス料金を売上に計上することは、税務上も認められません。前受金として負債に計上し、サービス提供の進行に応じて収益に振り替える処理が必要です。

「顧問税理士に任せているから大丈夫」と考えていても、契約形態や料金体系を設計する段階で収益認識の考え方を理解しておかないと、後から処理の組み替えが必要になることがあります。

収益認識を判定する5つのステップ

収益認識基準は、次の5つのステップに沿って機械的に判定していく構造になっています。

ステップ内容SaaSでの着眼点
①契約の識別顧客との契約を識別する利用規約・申込書・個別契約書のどれが契約か
②履行義務の識別契約に含まれる約束を分解する月額利用・初期設定・サポート・カスタマイズを分けるか
③取引価格の算定受け取る対価の額を算定する割引・返金・従量課金・変動対価の見積り
④取引価格の配分履行義務ごとに価格を割り振る独立販売価格の比率で配分
⑤収益の認識履行義務の充足に応じて収益を認識する一時点か一定期間かの判定

SaaS事業でとくに判断が難しいのは、ステップ②の履行義務をどこまで分けるかと、ステップ⑤の一時点か一定期間かの判定です。

履行義務を分けるかどうかの判断

契約に複数の要素が含まれている場合、それが別個の履行義務なのか、一体として一つの履行義務なのかを判定します。

契約要素別個の履行義務となりやすいか
月額利用料中核となる履行義務
初期設定・導入支援サービス単独で顧客に便益がなければ、月額利用と一体と判断されやすい
標準サポート月額利用と一体と判断されやすい
有償の個別カスタマイズ開発独立して便益があれば別個の履行義務
有償トレーニング・研修単独で提供可能なら別個の履行義務

初期費用を別個の履行義務として一括計上したい事業者は多いのですが、その初期設定作業が自社サービスを使うためだけのものであれば、顧客に単独の便益をもたらすとは言いにくく、月額利用と一体として契約期間にわたって収益認識するのが原則的な扱いになります。

最重要論点はアクセス権と使用権の判定

SaaS事業の収益認識で結論を左右するのが、供与するライセンスがアクセス権と使用権のどちらに当たるかの判定です。

両者の違い

区分収益認識のタイミング
アクセス権契約期間にわたって収益を認識
使用権ライセンスを供与した一時点で収益を認識

判定の要件

収益認識に関する会計基準の適用指針では、次の要件をすべて満たす場合にアクセス権と判定するとされています。

要件
顧客が権利を有する知的財産に著しく影響を与える活動を企業が行うことが、契約で定められているか顧客に合理的に期待されている
当該活動により顧客が直接的に影響を受ける
当該活動により財またはサービスが顧客に移転しない

ここでいう「著しく影響を与える活動」とは、デザイン・コンテンツ・機能を実行する能力を著しく変化させる活動が例示されています。

SaaSの多くはアクセス権に該当する

継続的に機能改良やアップデートを行い、顧客のニーズに合わせてサービスを進化させていく一般的なSaaSは、上記の要件を満たしてアクセス権と判定されるのが通常です。この場合、契約期間にわたって収益を認識することになります。

一方で、契約期間中に機能のアップデートを行わないソフトウェアの提供であれば、使用権として一時点で収益認識する可能性もあります。

実務上注意したいのは、クラウド提供だから必ず期間にわたる収益認識になる、と単純に決めつけないことです。会計基準の開発段階でも、SaaSであることと期間にわたる収益認識が必ずしも直結するわけではない旨の指摘がなされていました。自社のサービス内容と契約条件に即して判定し、その判断根拠を文書に残しておくことが、後の説明を容易にします。

SaaS特有の実務論点

日常の経理処理で判断が必要になる場面を整理します。

月額課金の処理

月額課金は、当月分のサービス提供に対応する部分を当月の売上として認識します。翌月分を当月に前受した場合は、前受金として負債計上し、翌月に売上へ振り替えます。

年間前払いプランの処理

年間契約で12か月分を一括入金してもらった場合、入金額の全額を入金月の売上にはできません。

(年額120万円を4月に一括入金した場合)
入金時:現金預金 1,200,000 / 前受金 1,200,000
毎月末:前受金 100,000 / 売上高 100,000

年払い割引を設定している場合は、割引後の実際の受取額を契約期間で按分します。年払いプランを増やすと入金は前倒しになりますが、売上として認識される金額は変わらないため、資金繰りと損益の動きがずれる点を理解しておく必要があります。

初期費用・導入費用の処理

初期設定作業が自社サービスの利用開始のために必要なものであれば、別個の履行義務とは認められにくく、契約期間または想定利用期間にわたって収益認識するのが原則です。

契約期間が1年でも、顧客が平均して3年利用する実態があるならば、収益を認識する期間の見積りに影響します。この点は判断に幅があるため、算定根拠を整理しておくことが望まれます。

無料トライアル期間の処理

無料トライアル期間は対価を受け取っていないため、収益は認識しません。有料契約に転換した時点から、有料期間に対応する収益を認識します。

トライアル中に発生したサーバー費用やサポート人件費は、原則として発生時の費用として処理します。

アップセル・ダウングレードの処理

契約期間中にプラン変更があった場合、変更後の条件で残存期間の収益を認識します。

変更内容処理
上位プランへの変更変更時点以降、新料金で収益認識
下位プランへの変更変更時点以降、新料金で収益認識。前受金の一部返金があれば減額
ユーザー数の追加追加時点以降、増加分を収益認識

解約と返金の処理

年払い契約の中途解約で未経過期間分を返金する場合、返金額は前受金の取崩しとして処理し、売上の取消しにはなりません。すでに収益認識した過去分の取消しが生じるケースでは、収益の減額処理が必要です。

返金ポリシーによって返金の可能性が高い契約では、取引価格の算定段階で返金負債を見積もる必要が生じることもあります。

中小SaaS事業者の現実的な対応

会計監査を受けていない中小SaaS事業者であっても、最低限押さえておきたい実務が3つあります。

第一に、前受金の管理です。年払い・複数月払いの入金を前受金として管理し、月次で売上に振り替える運用が整っていないと、月次損益が実態から乖離します。

第二に、契約管理台帳の整備です。顧客ごとの契約開始日・契約期間・プラン・月額単価・変更履歴を一元管理していないと、正しい月次の売上金額が計算できません。契約数が増えると表計算での管理は限界を迎えるため、サブスクリプション管理ツールの導入も検討対象になります。

第三に、料金体系を設計する段階での確認です。初期費用の位置づけ、年払い割引の設定、返金ポリシーは、いずれも収益認識の処理に直結します。契約書や利用規約を作ってから会計処理を考えるのではなく、設計段階で確認しておくほうが手戻りが少なくなります。

上場を視野に入れている場合は、これらに加えて、収益認識に関する会計方針を文書化し、継続適用することが重要になります。監査法人との協議は、方針を固めてからではなく、固める過程で始めるほうが円滑に進みます。

まとめ

SaaS事業の収益認識は、代金をいつ受け取ったかではなく、サービスをいつ提供したかで判断するという原則を押さえることが出発点です。

判定の中心になるのは、供与しているライセンスがアクセス権と使用権のどちらに当たるかという論点です。継続的に機能改良を重ねる一般的なSaaSはアクセス権に該当し、契約期間にわたって収益を認識することになります。ただし、クラウド提供であれば必ず期間認識になるという単純な整理はできないため、自社のサービス内容と契約条件に即して判断し、その根拠を残しておくことが実務上の備えになります。

日常の処理でつまずきやすいのは、年間前払いの取扱いと初期費用の位置づけです。年払いは入金額の全額を入金月の売上にはできず、契約期間で按分します。初期費用も、自社サービスを使うための設定作業であれば単独の履行義務とは認められにくく、期間にわたって収益認識するのが原則です。この2点を誤ると、月次損益が実態から大きくずれます。

会計基準の強制適用を受けない中小SaaS事業者であっても、税務上は提供前の期間の料金を売上にすることは認められません。前受金の管理と契約管理台帳の整備は、規模にかかわらず取り組む価値があります。

料金体系や契約条件の設計は、収益認識の処理を左右します。新しいプランの導入や料金改定を検討する段階で、会計・税務の観点から確認しておくと、後の処理がずっと楽になります。判断に迷う論点や、上場準備に向けた会計方針の整備が必要な場合は、SaaS事業の会計に詳しい税理士に早めに相談することをおすすめします。

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