「これは経費にしていいのだろうか」という迷いは、フリーランスとして働いていると尽きることがありません。技術書やクラウドの利用料のように明らかなものもありますが、私物と兼用しているスマホ、資格の受験料、一人で入ったカフェの代金など、線引きが微妙なものは意外と多いものです。
前回の記事では、機材の取得価額別の処理や在宅ワークの家賃按分を扱いました。今回はもう少し範囲を広げて、日々の支出をどう判断すればよいのかを、項目ごとに整理していきます。
経費かどうかを決める3つの物差し
個別の項目に入る前に、判断の土台となる考え方を確認しておきましょう。経費として認められるかどうかは、おおむね次の3点で決まります。
| 物差し | 問いかけ |
|---|---|
| 事業との関連性 | その支出は売上を得るために必要だったか |
| 金額の妥当性 | 事業の規模に照らして不自然に大きくないか |
| 説明できる記録 | いつ、誰と、何のために使ったかを後から示せるか |
このうち実務でつまずきやすいのは3番目です。事業に必要な支出であっても、記録が残っていなければ「必要だった」と示すことができません。逆に言えば、関連性を自分の言葉で説明できて、その裏づけが残っているなら、多くの支出は堂々と経費にできます。
生活と仕事が地続きになりやすいフリーランスにとって、この3つの物差しは持っておくと迷いが減ります。
迷わず経費にできるもの
エンジニアの働き方でよく出てくる支出のうち、事業との関連性が説明しやすいものを挙げます。
知識への投資
| 支出 | 勘定科目の例 |
|---|---|
| 技術書・電子書籍 | 新聞図書費 |
| 技術メディアの有料購読 | 新聞図書費、通信費 |
| オンライン学習サービスの受講料 | 研修費、支払手数料 |
| 勉強会・カンファレンスの参加費 | 研修費 |
| 遠方の勉強会に行く交通費・宿泊費 | 旅費交通費 |
技術のキャッチアップが仕事に直結する職種なので、この分野の支出は関連性を説明しやすい部分です。カンファレンスの参加費と交通費は、開催概要のページを保存しておくと、あとから内容を思い出す手がかりにもなります。
開発環境とインフラ
| 支出 | 勘定科目の例 |
|---|---|
| ドメイン取得・更新料 | 通信費、支払手数料 |
| レンタルサーバー・VPS利用料 | 通信費 |
| クラウドサービスの利用料 | 通信費、外注費 |
| 開発ツールやSaaSのサブスクリプション | 消耗品費、通信費 |
| ソースコード管理サービスの有料プラン | 通信費 |
勘定科目は法律で決まっているわけではないため、自分の中でルールを決めて毎年同じ科目を使うほうが、あとで見返したときに分かりやすくなります。
仕事の場と体裁
| 支出 | 勘定科目の例 |
|---|---|
| コワーキングスペースの利用料・月額会費 | 地代家賃、支払手数料 |
| 名刺の印刷代 | 消耗品費、広告宣伝費 |
| ポートフォリオサイトの制作・維持費 | 広告宣伝費、通信費 |
| 業務用の文房具・周辺小物 | 消耗品費 |
取引と守り
| 支出 | 勘定科目の例 |
|---|---|
| 取引先との打ち合わせでの飲食代 | 会議費、接待交際費 |
| 業務上の損害賠償に備える保険料 | 保険料、諸会費 |
| フリーランス向け団体の年会費 | 諸会費 |
| 案件の一部を他のエンジニアに再委託した費用 | 外注費 |
| 振込手数料 | 支払手数料 |
打ち合わせの飲食代は、相手がいることが前提です。誰と会ったのかをレシートの裏や会計ソフトのメモに書いておくと、判断の根拠がそのまま残ります。
判断が分かれるもの
ここからが本題かもしれません。答えが一つに決まらない項目を、考え方とあわせて整理します。
私物と兼用しているもの
スマホ、自宅のネット回線、私用と仕事で共用しているPCなどは、業務で使っている割合だけを経費にします。前回の記事で扱った家賃や電気代と同じ考え方です。
割合の決め方に絶対の正解はありません。通話明細や稼働時間から実態に近い割合を出し、その根拠を説明できるようにしておくのが現実的な対応になります。
資格取得の費用
ここは判断が分かれやすい領域です。研修や講座の受講料のように、事業に必要な技術や知識を身につけるための支出は経費になりやすい一方で、資格そのものの取得費用は「本人の資質を高めるもの」として家事費と見られ、経費として認められにくい傾向があります。
クラウドの認定資格のように、取得が案件獲得の条件になっているケースもあるため、一律に線を引けるものではありません。事業との結びつきが強いと言える事情があるなら、その理由を記録として残しておくとよいでしょう。
一人での飲食代
作業のために入ったカフェの代金や、仕事中の食事代は、原則として経費になりません。食事は仕事をしていなくても発生する支出だからです。
コワーキングスペースの代わりに使っている、という実感がある方も多いと思いますが、税務の考え方としては認められにくい部分です。カフェ作業が多いなら、経費性の説明がしやすいコワーキングスペースの契約に切り替えるほうが、結果的にすっきりします。
検証用の機器
スマートウォッチ、タブレット、ゲーム機なども、業務で使う実態があれば経費になり得ます。動作検証のために購入した端末は、その代表例です。
一方で、趣味との境目が曖昧になりやすい分野でもあります。どの案件のどんな検証に使ったのかを記録しておくと、説明の材料になります。
技術書以外の書籍
ビジネス書や自己啓発書は、業務との関連性の説明が技術書より一段難しくなります。とはいえ、マネジメントや契約実務のように仕事に直結する内容であれば、経費として説明できる余地は十分にあります。
身だしなみと健康
| 支出 | 扱い |
|---|---|
| 服・靴・カバン | 原則として経費にならない(私生活でも使えるため) |
| 美容院・理髪 | 経費にならない |
| ジムの会費 | 原則として経費にならない |
| 事業主本人の健康診断費用 | 経費にならない |
体調管理は仕事の土台ではありますが、税務上は私生活の支出と切り分けられません。従業員を雇っている場合は、その方の健康診断費用が福利厚生費になるという違いもあります。
家族への支払い
生計を一にする家族に家賃や報酬を払っても、原則として経費にはなりません。家庭の中でお金が移動しただけと見るためです。
例外は、青色申告をしていて事前に届出をしている場合の青色事業専従者給与です。家族に実際に業務を手伝ってもらっているなら、検討する価値があります。ただし、専従者としての実態と、業務内容に見合った金額であることが前提になります。
引越しの費用
自宅兼事務所を移す場合の引越費用は、事務所部分に対応する割合を経費にできる余地があります。ただし按分の根拠づけが難しく、判断が揺れやすい部分です。
経費にならないもの
はっきりと経費にならないものも押さえておきましょう。ここを間違えると、修正申告が必要になります。
| 支出 | 理由と正しい扱い |
|---|---|
| 所得税・住民税 | 事業の経費ではない |
| 国民健康保険料・国民年金保険料 | 経費ではなく、社会保険料控除として所得から差し引く |
| 国民年金基金・iDeCoの掛金 | 経費ではなく、小規模企業共済等掛金控除の対象 |
| 事業主本人への給与 | 自分に給与を払うという考え方がない |
| 借入金の元本返済 | 経費にならない。利息部分は経費になる |
| 交通違反の罰金 | 経費にならない |
| 生計を一にする家族への家賃・地代 | 原則として経費にならない |
国民健康保険料や年金の掛金は、経費にならないと聞くと損をした気分になりますが、所得控除として所得から差し引かれるため、税負担が軽くなる効果自体はきちんとあります。落ちる場所が違うだけです。
記録の残し方
経費として認められるかどうかは、記録の残り方に左右されます。とくに近年は電子データでの保存が義務になっているため、ここは押さえておく必要があります。
電子取引データはデータのまま保存する
2024年1月から、電子データで受け取った請求書や領収書は、データのまま保存することが義務づけられています。フリーランスも対象です。
具体的には、次のようなものが該当します。
| 該当するもの |
|---|
| メールで届いた請求書・領収書のPDF |
| Webサイトからダウンロードした領収書 |
| クラウドサービスの利用明細をダウンロードしたもの |
| 電子契約で締結した業務委託契約書 |
これらを印刷して紙で保管するだけでは要件を満たしません。データそのものを残す必要があります。
保存の要件は真実性と可視性の2本立て
保存にあたっては、真実性の要件と可視性の要件の両方を満たす必要があります。この2つは別物なので、片方だけ対応しても要件は満たせません。
真実性の要件は、データが後から改ざんされていないことを担保するための要件です。次のいずれかで対応します。
| 対応方法 | 内容 |
|---|---|
| タイムスタンプの付与 | データにタイムスタンプを付ける |
| 訂正削除の履歴が残るシステムの利用 | 訂正削除ができない、または履歴が残るシステムでデータを授受・保存する |
| 事務処理規程の備付けと運用 | 訂正削除の防止に関する事務処理規程を定めて運用する |
フリーランスや小規模事業者の実務では、3番目の事務処理規程で対応するケースが大半です。国税庁のサイトに個人事業者用のサンプルが公開されているので、これをもとに自分の運用に合わせて整えれば足ります。特別なシステムを導入する必要はありません。
売上5,000万円以下なら検索要件は不要
可視性の要件のうち検索機能については、判定の基礎となる期間(個人事業者は前々年)の売上高が5,000万円以下の場合、税務職員のダウンロードの求めに応じられるようにしていれば不要になります。多くのフリーランスがこの緩和の対象です。
したがって実務としては、事務処理規程を備え付けたうえで、ファイル名に日付・金額・取引先を入れてフォルダに整理しておく、という組み合わせで対応できます。検索要件が不要になるのはあくまで可視性の話なので、ファイル整理だけで完結するわけではない点にご注意ください。
(ファイル名の例)
20260315_33000_サーバー会社名.pdf
20260401_5500_クラウドサービス名.pdf
クラウド会計ソフトを使っているなら、証憑をアップロードして仕訳に紐づける機能で対応できます。訂正削除の履歴が残る仕様のソフトであれば、真実性の要件をシステム側で満たせる場合もあります。
猶予措置もある
要件どおりの保存が難しい相当の理由があり、税務調査の際にデータのダウンロードの求めと、印刷した書面の提示に応じられる場合は、保存要件を満たさなくてもよいとする猶予措置が設けられています。事前の申請は不要です。
ただし、これは要件を緩める措置であって、データを保存しなくてよいという話ではありません。データ自体を残すことは変わらず必要です。
「やりすぎ」の落としどころ
最後に、経費の考え方について率直なところをお伝えします。
経費を積み上げれば税金は減りますが、無理のある経費を計上すると、後から否認されて本税に加算税と延滞税が乗ってきます。手元のお金が減るだけでなく、記録を遡って作り直す手間もかかります。
また、経費を増やして所得を圧縮しすぎると、住宅ローンの審査や融資の場面で不利に働くことがあります。所得が低いほど有利、という単純な話ではないところが難しい部分です。
判断の基準は、「税務署に聞かれたときに、自分の言葉で理由を説明できるか」に置くとぶれません。説明できるものは堂々と入れ、説明が苦しいものは無理をしない。この線引きが、結果としていちばん負担の少ない選択になります。
まとめ
経費かどうかの判断は、事業との関連性、金額の妥当性、説明できる記録という3つの物差しで考えると整理しやすくなります。とくに3番目は自分の努力でどうにでもできる部分なので、押さえておく価値があります。
技術書やカンファレンス参加費、ドメインやサーバーの利用料、開発ツールのサブスクリプションといった支出は、エンジニアの仕事と結びつきが明確なので迷う必要はありません。一方、私物と兼用しているスマホや回線は按分で対応し、資格取得費用やガジェット類は事業との結びつきを記録として残しておくことが、判断の支えになります。
はっきり経費にならないものも覚えておきましょう。所得税や住民税、国民健康保険料、国民年金の掛金、借入金の元本返済は経費になりません。ただし保険料や掛金は所得控除として差し引かれるので、税負担が軽くなる効果自体は失われません。
記録の面では、2024年1月から電子取引データをデータのまま保存することが義務になっています。保存の要件は真実性と可視性の2本立てで、売上5,000万円以下なら検索要件は不要になりますが、真実性の要件は別途の対応が必要です。フリーランスの実務では、訂正削除の防止に関する事務処理規程を備え付けたうえで、ファイル名に日付・金額・取引先を入れてフォルダで整理する運用が現実的です。負担の少ないやり方で確実に残しておきましょう。
経費の線引きに絶対の正解がない項目は、思っているより多くあります。判断に迷うものが出てきたら、確定申告の直前ではなく、支出した時点で税理士に確認しておくと、記録の残し方まで含めて相談できます。
