中小企業向け賃上げ促進税制の実務|令和8年度改正後の控除率と申告の落とし穴

中小企業向け賃上げ促進税制の実務|令和8年度改正後の控除率と申告の落とし穴

賃上げ促進税制は、中小企業が活用できる最も大きな税額控除制度の一つです。給与増加額に最大35%(令和8年度改正後)を乗じた金額が法人税額から直接控除されるため、賃上げを行った企業にとっては大きな節税メリットがあります。

しかし、要件が複雑で計算ミスが多いことから、せっかく賃上げをしても税額控除を取り切れていない企業も少なくありません。本記事では、令和8年度税制改正の内容を踏まえ、中小企業が制度を確実に活用するためのポイントを整理します。

目次

1. 賃上げ促進税制の基本構造

賃上げ促進税制は、雇用者給与等支給額を前年度より一定割合以上増加させた企業に対して、その増加額の一部を法人税から税額控除できる制度です。

適用対象となる中小企業の要件

中小企業向け賃上げ促進税制の対象となるのは、以下の要件を満たす法人・個人事業主です。

区分要件
法人資本金または出資金が1億円以下かつ大企業からの出資が2分の1未満
個人事業主常時使用する従業員数1,000名以下
その他中小企業等協同組合、商工組合、これらの連合会

なお、資本金1億円超でも従業員数2,000名以下であれば【中堅企業】に区分されますが、中堅企業向け措置は令和9年3月31日までに開始する事業年度をもって廃止される予定です。

適用期間

中小企業向け措置の適用期間は、平成30年4月1日から令和9年3月31日までに開始する各事業年度です。

2. 令和8年度税制改正の重要ポイント

令和8年度税制改正により、賃上げ促進税制は大きな転換点を迎えています。中小企業に直接影響する変更点を整理します。

変更点①|教育訓練費の上乗せ措置が廃止

中小企業向け措置で従来認められていた【教育訓練費の増加に伴う10%の税額控除上乗せ】が、令和8年度税制改正で廃止されました。

改正前改正後
教育訓練費が前年比5%以上増加し、雇用者給与等支給額の0.05%以上であれば+10%廃止

廃止の背景には、会計検査院の指摘があります。教育訓練費の増加額自体が少額でも、要件を満たせば賃上げ額全体に対して10%の控除率が加算されるため、教育訓練費の増加額より得られる減税額の方が大きくなる逆転現象が問題視されました。

変更点②|中小企業の最大控除率は35%へ

教育訓練費の上乗せ廃止により、中小企業の最大控除率は【45%から35%】へ引き下げられます。

区分改正前改正後
中小企業の最大控除率45%35%
大企業向け措置適用あり(最大35%)廃止(令和8年3月31日まで)
中堅企業向け措置適用あり要件厳格化のうえ令和9年3月末で廃止

変更点③|中小企業のみが継続適用される

大企業・中堅企業向け措置が段階的に廃止されるため、令和9年度以降は実質的に中小企業のみが恩恵を受けられる制度となります。

3. 中小企業向けの控除率の構造

中小企業向け賃上げ促進税制の控除率は、基本要件と上乗せ要件の組み合わせで決まります。

基本要件(控除率15%〜30%)

雇用者給与等支給額の増加率に応じて、以下の控除率が適用されます。

増加率控除率
1.5%以上15%
2.5%以上30%

【雇用者給与等支給額】は、役員・親族等を除く全従業員の給与等支給額の合計です。継続雇用者の給与だけでなく、新規採用者を含めた全体の給与等が判定対象となります。

上乗せ要件|くるみん・えるぼし認定(+5%)

子育てサポート企業として【くるみん認定】または女性活躍推進企業として【えるぼし認定(2段階目以上)】を取得している場合、控除率に5%が加算されます。

認定内容
くるみん認定・プラチナくるみん認定次世代育成支援対策推進法に基づく認定
えるぼし認定(2段階目以上)・プラチナえるぼし認定女性活躍推進法に基づく認定

実務上のポイント: 令和8年度改正後は、この認定取得が最大控除率35%を達成するための唯一のルートとなります。

控除率の組み合わせ

令和8年度改正後の控除率の組み合わせは以下のとおりです。

ケース増加率認定控除率
最低ライン1.5%以上なし15%
標準2.5%以上なし30%
最大2.5%以上あり35%

4. 控除限度額と5年繰越制度

控除額には法人税額に対する上限があり、控除しきれない部分は5年間繰り越せます。

法人税額の20%が控除上限

賃上げ促進税制の税額控除額は、【法人税額の20%】が上限です。たとえば、法人税額が300万円であれば、控除上限は60万円となります。

5年間の繰越控除制度

控除しきれない部分は、翌期以降5年間繰り越して控除できます。これは令和6年度税制改正で導入された中小企業向けの新制度です。

繰越控除の特徴内容
繰越期間翌期から最長5年間
適用要件繰越控除を行う事業年度の雇用者給与等支給額が前年度より増加していること
戦略性赤字年度に賃上げを行い、黒字化したタイミングで控除を活用可能

判断のコツ: 業績が厳しい時期に賃上げをして人材定着を図り、将来黒字化したタイミングで控除を活用するという中長期戦略が可能になりました。

具体例

たとえば、雇用者給与等支給額が前年3,500万円から当年3,600万円に増加し、くるみん認定を取得している中小企業(法人税額300万円)の場合、税額控除額は以下のように計算されます。

  • 増加額:3,600万円 - 3,500万円 = 100万円
  • 増加率:100万円 ÷ 3,500万円 = 2.86%(2.5%以上)
  • 控除率:30% + 5%(くるみん認定) = 35%
  • 税額控除額:100万円 × 35% = 35万円
  • 法人税額の上限:300万円 × 20% = 60万円
  • → 35万円を全額控除可能

5. 実務上の落とし穴

賃上げ促進税制は計算ミスが多いことで知られています。過去には国税庁が「簡易な接触」により納税者に計算内容の見直しを促した経緯もあります。実務上の主な落とし穴を整理します。

落とし穴①|助成金・補助金の控除漏れ

雇用者給与等支給額の計算では、【賃上げの原資となった助成金・補助金の金額を控除】する必要があります。

控除対象となる助成金例内容
キャリアアップ助成金(正社員化コース等)賃上げに直結する助成金
業務改善助成金賃上げと設備投資の組み合わせ助成金
雇用調整助成金雇用維持・賃金補填の助成金

注意: すべての助成金が控除対象になるわけではなく、種類によって扱いが異なるため、個別に判定する必要があります。

落とし穴②|役員給与・親族給与の取扱い

雇用者給与等支給額には、【役員およびその親族・特殊関係者の給与は含まれません】。これらを誤って含めると、増加額が過大計算となり否認されます。

対象外となる人範囲
役員取締役・監査役等
役員の親族配偶者・6親等内の血族・3親等内の姻族
特殊関係者役員と事実上婚姻関係にある者、役員から生計の支援を受けている者等

落とし穴③|事業承継等での計算誤り

事業承継・合併・分割があった事業年度では、雇用者給与等支給額の計算に特殊な調整が必要です。これらの処理を誤ると否認リスクが高くなります。

落とし穴④|申告書の添付漏れ

賃上げ促進税制を適用するには、【別表六(二十四)等の所定の明細書】を申告書に添付する必要があります。添付漏れは適用否認の原因となります。

必要な明細書内容
別表六(二十四)給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書
適用額明細書適用を受ける税制の明細

6. 中小企業が押さえるべき実務ポイント

最後に、中小企業が賃上げ促進税制を確実に活用するためのポイントを整理します。

ポイント①|月次で雇用者給与等支給額を管理

決算後に慌てて計算するのではなく、月次で雇用者給与等支給額を集計しておくことで、賃上げ計画と税額控除のシミュレーションが可能になります。

ポイント②|認定取得を中長期で計画

くるみん・えるぼし認定は、一朝一夕に取得できるものではありません。行動計画の策定・社内制度の整備に1〜2年程度かかるため、計画的に取得を進める必要があります。

ポイント③|5年繰越控除を戦略的に活用

赤字年度・少額利益年度でも賃上げを継続し、将来黒字化したタイミングで控除を活用する中長期視点が重要です。

ポイント④|長期的な人件費の視点を持つ

賃上げ促進税制の税額控除は、賃上げを行った事業年度のみ(または繰越含めて5年間)が対象です。一方、賃上げによる人件費増加は継続的なコストとなります。【税制メリットだけで賃上げを判断せず、長期的な人件費負担と経営戦略の整合性】を確認する必要があります。

まとめ

賃上げ促進税制は、中小企業にとって最も大きな節税効果が期待できる制度の一つです。令和8年度税制改正で最大控除率が引き下げられたものの、依然として最大35%の税額控除が受けられる魅力的な制度です。押さえるべき視点は以下のとおりです。

  • 令和8年度改正で教育訓練費の上乗せが廃止され、中小企業の最大控除率は45%から35%へ引き下げられた
  • 最大控除率35%を達成するにはくるみん・えるぼし認定の取得が必須となった。認定取得は1〜2年単位の計画が必要
  • 5年繰越控除制度を活用すれば、業績が厳しい時期に賃上げをして将来黒字化時に控除を取る中長期戦略が可能
  • 計算ミス・申告書添付漏れが多い制度のため、助成金控除・役員親族除外・継続雇用者判定の3点は特に注意が必要

賃上げ促進税制を経営戦略の一部として位置付け、計画的に活用することで、人材確保と税負担軽減の両立を実現できます。

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