スタートアップの経営者から「規程を作りたいけど何から始めればいいか分からない」「ネット上のひな形を使っているけど、本当にこれでいいのか不安」というお声をよくいただきます。
規程は会社が大きくなってからでも作れますが、整備のタイミングが遅れると、現実の運用と規程が乖離して形骸化してしまいます。一方で、創業期からあらゆる規程を完璧に整える必要もありません。重要なのは、自社の成長フェーズに合った優先順位で規程を整えていくことです。
本記事では、スタートアップの経営者向けに、規程整備の優先順位と各規程のポイントを整理してまいります。
規程整備の意義と基本的な考え方
まずは、なぜスタートアップにとって規程整備が必要なのかを確認しましょう。
規程整備の3つの意義
| 意義 | 内容 |
|---|---|
| ①意思決定の標準化 | 誰がどの権限で何を決められるかを明確化 |
| ②コンプライアンスの確保 | 法令遵守と内部統制の基盤 |
| ③組織拡大への備え | 人員増加時の運用ルールが既に存在する状態 |
規程は組織が大きくなる前から少しずつ整備しておくのがコツです。規模が大きくなってから一気に整備しようとすると、現場の運用と乖離した規程ができてしまいがちです。
規程整備で陥りやすい失敗
スタートアップが規程整備で陥りやすい失敗パターンを押さえておきましょう。
| 失敗パターン | 問題点 |
|---|---|
| ネットのひな形をそのまま使う | 自社の実態と合わず形骸化 |
| 一気に大量の規程を作る | 運用が定着せず誰も従わない |
| 完璧を目指して結局作れない | いつまでも未整備のまま |
| 法令対応のためだけに作る | 経営判断に活かされない |
| 規程を作ったら見直さない | 実態と乖離していく |
完璧でなくても、まず作って運用しながら改善する方が現実的です。
規程整備の優先順位
すべての規程を一度に整備する必要はありません。優先順位をつけて段階的に進めます。
フェーズ別の優先順位
| フェーズ | 整備すべき規程 |
|---|---|
| 創業時(〜数名) | 定款、職務権限規程の原型 |
| 5〜10名 | 就業規則、給与規程、稟議規程、経費精算規程 |
| 10〜30名 | 職務分掌規程、職務権限規程の正式版、機密情報取扱規程 |
| 30〜50名 | 個人情報保護規程、ハラスメント防止規程、内部通報規程 |
| 50〜100名 | 株主総会規程、取締役会規程、稟議規程の高度化 |
| 100名超 | 内部統制規程、各種専門規程の充実 |
特に法的義務がある規程と、運用上必須の規程から整備するのが基本です。
法的義務がある規程
法令により整備が義務付けられている規程は、優先的に対応します。
| 規程 | 法的義務 |
|---|---|
| 就業規則 | 常時10人以上の労働者を使用する事業場で必須 |
| 衛生委員会規程 | 常時50人以上で衛生委員会の設置義務 |
| 個人情報保護規程 | 個人情報を取り扱う全事業者で実質必須 |
| ハラスメント防止規程 | パワハラ防止法により全事業者で必須 |
就業規則は10人を超えた段階で必ず整備する必要があります。10人未満でも、トラブル防止のために整備しておくことを推奨します。
創業期に整備すべき規程
創業期(5〜10名規模)で整備すべき規程を見ていきます。
就業規則
就業規則は、労働条件と職場ルールを定める基本規程です。
| 必須記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 始業・終業時刻 | 労働時間の基本ルール |
| 休憩時間 | 休憩の付与方法 |
| 休日 | 法定休日と所定休日 |
| 賃金 | 計算方法・締日・支払日 |
| 退職 | 退職手続き・解雇事由 |
| 相対的記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 退職金 | 制度がある場合は記載 |
| 賞与 | 制度がある場合は記載 |
| 安全衛生 | 健康管理ルール |
| 表彰・懲戒 | 表彰基準・懲戒事由と処分 |
スタートアップでは、柔軟な働き方への対応(フレックスタイム・リモートワーク等)を就業規則に盛り込むケースが増えています。
給与規程
給与規程は、基本給・諸手当・昇給・賞与のルールを定めます。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 給与の構成 | 基本給・諸手当の内訳 |
| 諸手当 | 通勤手当・住宅手当・役職手当等 |
| 昇給 | 昇給時期・昇給ルール |
| 賞与 | 賞与の有無・支給時期・算定方法 |
| 計算期間と支給日 | 給与の締日と支払日 |
| 控除 | 法定控除・任意控除 |
スタートアップでは、ストックオプション制度との連動も論点になります。
稟議規程・職務権限規程
稟議規程・職務権限規程は、誰がどの権限で何を決められるかを定めます。
| 権限項目 | 例 |
|---|---|
| 投資・支出の承認 | 100万円までは部長、それ以上は社長 |
| 契約締結権限 | 一定金額以下は部長、超過は社長 |
| 採用権限 | 一般職員は部長、管理職は社長 |
| 解雇・懲戒の決定 | 全件社長承認 |
| 重要案件の決定 | 取締役会決議事項を明記 |
金額基準と職位基準を組み合わせて、現実的な権限委譲ルールを作ることが重要です。
経費精算規程
経費精算規程は、経費の申請・承認・支払のルールを定めます。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 経費の範囲 | 業務遂行に必要な費用の定義 |
| 申請方法 | 領収書添付・申請書の様式 |
| 承認フロー | 上長承認のルール |
| 支払日 | 月次精算のタイミング |
| 出張旅費 | 出張規定との関連 |
| 会議費・交際費 | 利用可能な範囲と上限 |
経費精算規程は、税務調査でも参照される重要な規程です。明確に定めておくことで、税務上のリスクも軽減できます。
10〜30名規模で追加すべき規程
組織が10〜30名規模に成長すると、追加で整備すべき規程が増えます。
職務分掌規程
職務分掌規程は、部門・職位ごとの業務範囲を明確化します。
| 部門例 | 主な業務範囲 |
|---|---|
| 営業部 | 顧客開拓・受注活動・売上管理 |
| マーケティング部 | リード獲得・ブランディング |
| プロダクト部 | プロダクト開発・運用 |
| カスタマーサクセス部 | 既存顧客対応・解約防止 |
| 管理部 | 経理・人事・労務・総務・法務 |
職務分掌が曖昧だと、部門間で業務の押し付け合いや漏れが発生します。組織拡大期には不可欠な規程です。
機密情報取扱規程・秘密保持規程
機密情報取扱規程は、社内の機密情報の取り扱いルールを定めます。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 機密情報の定義 | 営業秘密・顧客情報・財務情報等 |
| 取扱者の範囲 | アクセス権限のレベル分け |
| 取扱方法 | 保管・共有・廃棄のルール |
| 退職後の義務 | 退職後の機密保持義務 |
| 違反時の措置 | 懲戒・損害賠償等 |
スタートアップでは、顧客データ・プロダクトの仕様・財務情報が特に守るべき機密情報となります。
出張旅費規程
出張が発生する事業の場合、出張旅費規程を整備します。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 出張の定義 | 国内・海外、日帰り・宿泊 |
| 交通費 | 利用可能な交通機関、グレード |
| 宿泊費 | 上限額・実費精算の区分 |
| 日当 | 日当の支給有無・金額 |
| 海外出張の特別ルール | パスポート費用・ビザ費用等 |
日当を支給する場合、税務上は所得税が非課税となるメリットがあります。役員にも適用される場合があるため、税務的にも有用な規程です。
30〜50名規模で追加すべき規程
組織が30〜50名規模になると、コンプライアンス関連の規程が必要となります。
個人情報保護規程
個人情報を取り扱う全事業者は、個人情報保護法への対応が必須です。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 個人情報の取得 | 取得目的の明示、同意取得 |
| 利用目的 | 取得時に明示した目的の範囲内での利用 |
| 安全管理措置 | 漏洩防止のための技術的・組織的対策 |
| 第三者提供 | 同意取得が必要な場合のルール |
| 開示・訂正・削除 | 本人からの請求への対応 |
| 漏洩時の対応 | 漏洩発生時の通知義務 |
【個人情報の漏洩は事業継続に致命的な影響】を与えるため、規程と運用の両面で確実に対応する必要があります。
ハラスメント防止規程
2022年4月の改正法施行により、すべての企業でパワーハラスメント防止措置が義務化されています。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| ハラスメントの定義 | パワハラ・セクハラ・マタハラ等 |
| 禁止行為 | 具体的な禁止行為の例示 |
| 相談窓口 | 社内・社外の相談窓口 |
| 調査手続 | 相談を受けた場合の調査ルール |
| 懲戒処分 | 違反時の処分内容 |
| 再発防止 | 教育・研修の実施 |
相談窓口の設置は法的義務であり、規程整備とセットで対応する必要があります。
内部通報規程(公益通報者保護規程)
2022年6月の改正公益通報者保護法施行により、常時雇用労働者301人以上の事業者には内部通報体制の整備義務があります。300人以下でも努力義務とされていますが、整備しておくことが推奨されます。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 通報の対象 | 法令違反・社内規程違反等 |
| 通報先 | 社内窓口・社外窓口(弁護士事務所等) |
| 通報者の保護 | 不利益取扱の禁止 |
| 調査手続 | 通報受領後の対応ルール |
| 守秘義務 | 通報者の特定情報の保護 |
外部の相談窓口を持つことで、通報の信頼性と利用しやすさが高まります。
2025年改正法の概要(令和8年施行予定)
公益通報者保護法は2025年6月4日にさらなる改正法が成立し、令和8年中の施行が予定されています。主な改正内容は以下のとおりです。
| 改正項目 | 内容 |
|---|---|
| 従事者指定義務違反の罰則化 | 301人以上の事業者が従事者の指定をせず行政の勧告にも従わない場合、命令違反で30万円以下の罰金 |
| フリーランスからの通報受付義務 | 301人以上の事業者は、業務委託で就業するフリーランスからの公益通報を受け付ける体制整備が必須に |
| 退職者の範囲拡大 | 契約終了から1年以内のフリーランスからの通報も受付対象 |
| 通報者の探索の禁止 | 公益通報をした者を特定することを目的とする行為が広く禁止 |
現時点で301人未満のスタートアップであっても、急成長で301人を超える可能性がある場合は、改正法施行前から体制整備を進めておくのが現実的です。
取締役会・株主総会関連の規程
取締役会を設置している場合、関連する規程の整備も必要です。
取締役会規程
取締役会規程は、取締役会の運営ルールを定めます。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 構成 | 取締役の人数、議長 |
| 開催 | 定例取締役会・臨時取締役会の開催頻度 |
| 招集 | 招集権者・招集手続 |
| 決議事項 | 取締役会で決議すべき事項 |
| 議事録 | 議事録の作成・保管ルール |
| 報告事項 | 定例的な報告事項 |
株主総会規程
株主総会規程は、株主総会の運営ルールを定めます。
| 主な記載事項 | 内容 |
|---|---|
| 開催時期 | 定時株主総会・臨時株主総会 |
| 招集 | 招集通知の時期・方法 |
| 議決権行使 | 出席・書面・電子による行使 |
| 議事運営 | 議長・採決方法 |
| 議事録 | 議事録の作成・保管 |
スタートアップでは、投資家との関係で書面決議や電子的な議決権行使を活用することが多くなっています。
規程運用のポイント
規程は作ることが目的ではなく、運用されることが目的です。
定期的な見直し
規程は、最低でも年1回は見直すことをおすすめします。
| 見直しのタイミング | 内容 |
|---|---|
| 年1回の定期見直し | 全規程の点検 |
| 法改正時 | 関連法令の改正があった場合 |
| 組織変更時 | 部門再編・人員大幅増加時 |
| トラブル発生時 | 規程の不備が露呈した場合 |
周知の徹底
作った規程は、社員に周知しなければ意味がありません。
| 周知方法 | 内容 |
|---|---|
| 入社時のオリエンテーション | 主要な規程を説明 |
| 規程の社内ポータル掲載 | いつでも閲覧可能に |
| 改定時の社内通知 | 全社員への通知 |
| 研修の実施 | ハラスメント・コンプライアンス等は研修必須 |
運用と規程の整合性
【規程と実態が乖離している場合、規程と実態のどちらかを揃える必要】があります。
| 状況 | 対応 |
|---|---|
| 規程が古く実態と合わない | 規程を実態に合わせて改定 |
| 実態が規程に違反している | 実態を規程に合わせる、または規程を改定 |
| 規程に書かれていないルールが運用されている | 規程に追記または運用を停止 |
弁護士・社労士との連携
規程整備は、専門家との連携が効率的です。
弁護士との連携
| 規程 | 弁護士の関与 |
|---|---|
| ハラスメント防止規程 | 法的要件の確認 |
| 機密情報取扱規程 | 秘密保持義務の設計 |
| 内部通報規程 | 法的要件の確認 |
| 株主総会規程・取締役会規程 | 会社法の要件確認 |
社労士との連携
| 規程 | 社労士の関与 |
|---|---|
| 就業規則 | 労働基準法の要件・労働基準監督署への届出 |
| 給与規程 | 賃金規制の確認 |
| 育児介護休業規程 | 育介法の要件 |
【就業規則は労働基準監督署への届出が必要】であり、社労士のサポートが有効です。
まとめ|段階的に整備し、運用しながら改善する
スタートアップの規程整備は、フェーズに応じて段階的に進めることが現実的です。創業期から完璧な規程体系を作る必要はありませんが、就業規則・給与規程・稟議規程・経費精算規程といった基本規程は早期に整備すべきです。
実務上のポイントは以下のとおりです。
- 法的義務がある規程は最優先で整備する
- 就業規則は10名を超えたら必ず作成する
- ネットのひな形をそのまま使わず、自社の実態に合わせる
- 規程を作ったら必ず周知し、運用に乗せる
- 年1回は定期的に見直しを行う
- 弁護士・社労士などの専門家と連携する
【規程は組織を縛るものではなく、組織を支える基盤】です。経営者が「自社にとって必要な規程は何か」を考え、フェーズに合った整備を進めることで、組織の成長を支える土台ができていきます。
